忌部神社(徳島市二軒屋町)徳島縣護國神社(徳島市雑賀町東開)

2016年01月21日

大麻比古神社(徳島市明神町)

大麻比古神社。

徳島市明神町の住宅地の一角に鎮座。

式内社 麻能等比古神社の論社。

漢字は鳴門市の大麻比古神社と同じですが、当社は「おおまひこ」と読みます。



アクセス

国道55号そば、この十字路の角に大麻比古神社の案内板が立っているのでここから入りましょう。

車は鳥居から入って境内に停められます。周囲の道は狭いのでご注意。

境内

一の鳥居

扁額

狛犬

注連柱と二の鳥居

注連柱と二の鳥居の間の狛犬

手前の狛犬よりも古そう。

社殿手前の狛犬

それほど長くはない参道ですが、三対も狛犬がいるのです。

社殿

拝殿

本殿

境内社

社殿左右に境内社が複数。

社殿左手の境内社

楠大明神

実際祀られているのは楠そのものではなくその根本に住んだと伝えられる狸だそうです。

和霊神社

稲荷神社

天神社

弁財天

小祠

この他に地神社(石碑)があります。

上の二番目の狛犬の写真の吽形の左手に小さく写ってます。

社殿右手の境内社

歳徳神社

伊助大明神(左)と九郎兵衛大明神(右)

こちらも狸を祀ります。

境内入口付近、徳島市指定保存樹木のくすのき

由緒

通称「彌吉明神」。

当社神職による「當社成立記」によれば、寛永二年(1625)に伊予から来た河野忠左衛門の息子・彌吉郎が、承応二年(1653)に市内一宮山の岩間で御神体を見つけ、神託によって河野家の鎮守として当地に祀ったのが始まり。その後寛文元年(1661)若宮神社と称し、宝暦八年(1758)に京都・吉田神社より大麻彦大明神の神号を許されたとのこと。明治三年に大麻比古神社へ改称。

俗伝では、富田浦町に住んでいた、貧乏だったが正直者の彌吉が、猿田彦の像を転売したが何度売っても手元に戻ってくるので、感ずるところあって付近の社に合わせ祀ったのが始まりといいます。

これらの説に基づき、江戸時代初期に麻能等比古神社が彌吉(彌吉郎)によって再興されたのが当社、とも考えられるようです。

通称の彌吉明神というのもこれに由来。

仮に当社が再興された麻能等比古神社だったとしても、元の鎮座地がどこであったかはわかりませんが。

御神体を見つけたといわれる一宮山と関係があるのでしょうか。

今は住宅地の中の落ち着いた雰囲気の神社です。

御朱印

御朱印はあります。

社殿右手の社務所か、社地裏手の宮司さん宅で拝受可。

参拝時はお留守だったようでどちらもご不在で、頂けませんでした。


神社概要

社名大麻比古神社(おおまひこじんじゃ)
通称彌吉明神
富田大麻比古神社
住所徳島県徳島市明神町6-2
祭神猿田彦命
社格等式内社 阿波国名方郡 麻能等比古神社
旧村社
御朱印あり
駐車場あり(境内駐車可)
公式Webサイトhttp://wwwa.pikara.ne.jp/myoujin/


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momijiaoi_ at 20:00│Comments(0)徳島の神社 

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